米子簡易裁判所 昭和42年(サ)432号 判決 1967年12月25日
申請人 山根実
<ほか一名>
右両名訴訟代理人弁護士 梅林卯三郎
同 勝部可盛
被申請人 米子市博労町一丁目自治会
右代表者自治会長 箕浦勇二
<ほか四名>
右五名訴訟代理人弁護士 青戸辰午
主文
申請人らと被申請人ら間の当庁昭和四二年(ト)第二三号通行妨害禁止妨害物除去仮処分事件について当裁判所が昭和四二年一〇月九日になした仮処分決定はこれを認可する。
訴訟費用は被申請人米子市博労町一丁目自治会の負担とする。
事実
第一、当事者の求める裁判
申請人ら代理人両名
主文第一項同旨の判決。
被申請人代理人
「当裁判所昭和四二年(ト)第二三号通行妨害禁止、妨害物除去仮処分命令申請事件について昭和四二年一〇月九日なした仮処分決定はこれを取消す。
申請人らの本件仮処分命令申請は却下する。
訴訟費用は申請人らの負担とする。」との判決。
第二、当事者の主張
申請人ら代理人両名
(申請人らの申請の理由)
1、申請人山根実は、昭和初年来米子市富士見町一丁目三六番の三(畑)の土地の一部を賃借してその地上に登記された建物を所有し、これに居住して自動車を使用して農業に従事しているものであり、申請人竹下義友は、昭和三八年来前同所三六番の二(畑)地上の米子市博労町一丁目三三番地井沢まき子所有家屋を賃借してこれに居住しているものである。
2、右両土地は、いわゆる袋地である(三六番の三はその東側を通ずる市道に接してはいるが、右市道は最も広いところで幅一メートル余、普通のところで幅〇・七ないし〇・八メートル、狭いところでは幅〇・五メートルに過ぎず、しかも、その一方の側は家の壁等に接し、反対側の一方は高い寺院のコンクリート壁に接し、かつ、溝が道に沿って通じているので、現代の社会生活の用に足り得るものではなく、公路とはいえない。)ところ、申請人らは従来通称荒神社の境内となっていた米子市博労町一丁目名島平治郎、森岩太郎、高木孫八郎所有名義の米子市富士見町一丁目三四番畑中別紙第一図面表示のB、C、E、D、Bを順次結ぶ部分(幅二メートル、長さ一三メートル)を通行して公路に出ていた。
3、ところが、被申請人米子市博労町一丁目自治会(以下被申請人自治会と略称する。)は、右三四番土地に、同自治会の公民館の建設を計画し、別紙第二図面のとおり杭打、板張を施工したため、申請人らの通行は妨害され、特に車輛の通行は全然不能となった。
4、申請人らの居住する土地は、前記のように袋地であるから、これを囲繞する土地について、民法二一〇条に規定された通行権を有するのであるが、囲繞地の効用を害することの最も少ない部分は、右囲繞地の一つである右三四番土地のうち別紙第三図面表示のA、B、D、C、Aを順次結ぶ部分である(なお通路の幅員については、市街地にあっては、交通機関あるいは、治安、衛生等の関係から現代においては最低二メートルを必要とすることは常識上疑をいれる余地はない。)。したがって、申請人らは、右部分について前記の通行権を有するところ、この通行権を確保するため、本案訴訟の準備中であるが、被申請人自治会の前記の公民館建築は、申請人らの右通行権を侵害する行為であり、建築完成に至っては、償うべからざる損害を生じるおそれがあり、かつ、当面の妨害を除去する必要があるので、被申請人自治会および登記簿上の所有者の承継人であるその余の被申請人らに対して、本件仮処分申請をしたのであるから本件仮処分決定は認可されるべきである。
5、かりに、前記通行権が認められないとしても、被申請人自治会が建築しようとしている公民館の敷地は、申請人ら居住区画の住民が自由な通路として五〇年以上も、善意・無過失・公然・平穏・継続かつ表現的に通行してきたもので、申請人山根もその一人である。よって、申請人山根は、時効によって、右土地について、通行地役権を取得している。
6、かりに、以上がいずれも理由がないとしても、被申請人自治会が、申請人らが永年通路として通行してきた前記荒神社境内に、申請人らの通行を妨害するような建物を建築することは権利の濫用である。すなわち、被申請人自治会代表者は、公民館建築にあたり、右三四番土地が同自治会の所有であるとして、自分の土地に自分が勝手に建物を建てるのがなぜ悪いという態度をとり(はたして、右土地が被申請人自治会の所有であるかどうかも疑わしい。)、申請人ら居住区画の住民に対し何らかの通行権を認めるべきであるとして米子市長、地元市会議員、地元民さらには同自治会構成員までが、提示した各種の調停案にも応じない。また、他の町の区域に属する右土地に公民館を建築するについて、地元民に対して、何らかの挨拶、説明等をするのが公共的性格を有する団体のとるべき常識的手段であるのに、そのような手段もとっていないのみならず、公民館建設につき内部的票決をした形跡もない。要するに、自己の所有地であるとして遮二無二建築計画を進めているのである。また、その建てようとする公民館というものにしても、現実には公民館法の精神に則した機能を果しているとはいえず、一杯飲むところというのが偽らざる姿であって、博労町一丁目地内に他に集会する場所がないのでもないのに、地元民多数の深刻な生活権・生存権を奪うような形において、建築を強行しなければならないようなものではない。もっとも、申請人らとしても、公民館建設自体には何ら反対するものではない。設計によっては、地元民の通行部分を残す妥協ができるのである。自治会幹部の主観的意図は、実は公民館の公共的性格には向けられていないのである。右公民館建設によって被申請人らの蒙むる生活権自体と結びついた基本的損害と公民館建設の効用との比較(しかも、通路部分を残す建て方でもその効用はさほどかわらない。)、さらには、生活環境の悪化、衛生管理・緊急事態発生の際の処置等の困難化等の抽象的損害等を考えても、被申請人自治会の現在の計画のままでの公民館建設行為は違法といわざるを得ない。
被申請人ら代理人
申請人ら居住の土地は公路に接していて、袋地ではない。また社寺の境内・遊園地・学校の運動場等一般の通行を黙認している土地を通行することは権利とは云えず、かつ要役地所有者において開設した通路でもないから時効によって通行地役権を取得するに由ないものである。権利濫用の点は争う。被申請人自治会が建築を計画している公民館の建築用材は野ざらしになっているので、一日延びればそれだけの損害があるので速かに仮処分決定の取消を求める。
第三、疏明≪省略≫
理由
一、申請人ら主張の申請の理由掲記の事実中、1、の事実ならびに被申請人自治会が、申請人ら主張の場所に公民館の建築を計画して、その建築に着手したとの点および、被申請人自治会を除くその余の被申請人らが三四番土地の登記簿上の所有名義人である名島平治郎、森岩太郎らの承継人であるとの点は、いずれも被申請人らにおいて、明らかに争わずかつ争ったと認められるものがないから、これを自白したものとみなす。
二、そこで、まず、申請人らが賃借して建物を所有し、あるいは地上建物を賃借して、それぞれ居住している土地が、民法二一〇条にいわゆる他の土地に囲繞されて公路に通じないものであるかどうかについて判断する。
1、≪証拠省略≫によれば、本件三六番の二土地は、その周囲を本件三六番の三土地ならびに同所三七番土地に囲繞されて、公路に接しておらず、三六番の三土地はその東側において、市道に接している他は公路に通じていないことがそれぞれ疏明される。
2、思うに、民法二一〇条が、袋地の所有者に囲繞地の通行権を認めているのは、公益上土地の効用を全うさせるためであるから、たとえ、ある土地が市道とされている道路に接していても、その市道が、その土地に相当な利用の必要を充たすものでないような場合にも、前記規定を拡張して適用すべきであると解するところ、≪証拠省略≫を綜合すれば、前記の市道は、三六番の三土地からその南方を通ずる幅員約二・四メートルの市道に至る約八〇メートルの間、広いところで幅一・一メートル、狭いところで幅約〇・五メートルに過ぎず、その一方の側は木造家屋の壁に直接接し、他の一方の側は高さ二メートル位のコンクリートブロック塀に幅〇・三メートル程度の下水溝(開渠)を隔てて接していて、人が並んで通行することはもちろん自転車に乗って通行することも困難なものであること、本件三六番の三の土地附近は木造住宅の密集した市街地であることがそれぞれ疏明されるのであって、右認定の前記市道の状況と附近の土地の状況とに、現在の社会生活の状態とを考え合わせると、前記市道が本件三六番の三土地の宅地としての利用の必要を充たすものとはいえないものと認められる。
3、そうすると、本件三六番の二ならびに三の両土地は、いずれも、袋地ないしはこれに準ずるものといわなければならない。
三、そこで、次に職権をもって、袋地の賃借人および袋地上建物の賃借人に、民法二一〇条を準用して囲繞地通行権を認めることができるかどうかについて検討する。
およそ、公路への通路のない袋地を現実に支配し利用することは不可能であることはいうまでもないから、囲繞地通行権は、袋地自体に対する権利行使の前提として必要欠くべからざるものであり、民法が袋地所有権の内容として、物権的請求権としての囲繞地通行権を認めている所以もここにあるのである。したがって物権的効力の与えられた土地利用権にも右民法の規定を準用するのが相当である。よって権原にもとづいて袋地の利用権を有する者は、その権原が賃借地上建物の登記もしくは賃借建物の引渡(建物賃借権の内容にはその建物の利用上必要な範囲での周辺土地の利用権をも包含されているものと解するのを相当とする。)によって対抗要件を具備し、これを対世的に主張し得る以上は、民法二一〇条を準用して囲繞地通行権を主張することができるものといわなければならないから、本件申請人らはいずれも、その固有の権利として、本件三六番の二、ならびに三、の土地の囲繞地の通行権を主張しうるものというべきである。
四、ところで、囲繞地通行権を行使するにあたっては、通行権を有する者は、そのもののため必要であって、しかも囲繞地にとってもっとも損害の少ない場所・方法において、囲繞地を通行することができるのであるから、以下本件において、右のような通路がどこにあたるかについて考えることとする。
1、≪証拠省略≫によれば、本件三六番の二ならびに三の両土地にもっとも近接する公路として、前記二、の2、で認定した幅二・四メートルの道路と右両土地の北西側を同所三五番・三五番の一の土地を隔てて北東より南西に通ずる道路とがあること、右両土地から右二つの道路のいずれかに至る間は、同所三四番ならびに三六番の一の両土地を除いては家屋が密集して建てられており、右三六番の一の土地もまた右密集家屋ならびに三四番土地に囲繞されていることがそれぞれ疏明される。
2、また、≪証拠省略≫を綜合すれば、前記三四番土地は以前より通称荒神社の境内として、神社建物が建てられている外は空地となっており、かつその境内は最近まで米子市の遊園地とされていたこと、現在は右遊園地が廃止された上、被申請人自治会において、その南西側に沿って貸車庫が建てられ、さらに、その北東側に沿って三五番の一土地との境界線と〇・九メートルの間隔をおいて、公民館の建設が計画され着手されていること、右計画による公民館南西壁と前記貸車庫との間隔が五・六メートルであることがそれぞれ疏明される。
3、そして前記争のない申請人山根が自動車を使用して農業に従事している事実に右1、で認定した事実さらには、建築基準法によれば建物の敷地は二メートル以上通路に接していなければならないとされていること、一般に車輛の通行には二メートル程度を必要とすること等を比較検討すれば、本件通行権を認めるべき通路は少なくとも二メートルの幅員を要すると認められる。
4、そしてさらに、右2、で認定した事実によれば被申請人自治会において、公民館建設の計画を三五番の一土地との間に二メートルの間隔をおくように変更したとしても、なお前記車庫との間には四・五メートルの間隔を保つことができるものと認められる。
5、そうして、右1、ないし4、で認定した事情と前記争のない事実とを検討すると、本件三六番の二、三両地から公路への通路として必要であって、囲繞地にとってもっとも損害の少ない部分は、右三四番土地のうち申請人ら主張の別紙第三図面A、B、D、C、Aの各点を順次結ぶ部分であるということができる。(なお、袋地から公路に至る間に数個の土地が介在していてその一部の所有者が、袋地利用権者の通行を認めている場合もしくは積極的に妨害しない場合には、通行権者は通行権を争いもしくは妨害するもののみを相手としてその確認もしくは妨害排除を求めれば足りるものと解する。)
五、そして、被申請人自治会の計画している公民館が建築されるにおいては、申請人らが回復することのできない損害を蒙るに至るおそれがあることは、前記認定の各事実からして明らかであるから、前記通行権保全のため、被申請人らに対して、別紙第三図面表示のA、B、D、C、Aを順次結ぶ区域につき、通行の妨害を禁止し、かつ妨害物の除去を求める申請人らの本件仮処分申請はその余の点について判断するまでもなく正当である。
六、よって、右と同趣旨に出でたる本件仮処分決定は維持するのが相当であるから、これを認可することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 石原啓司)
<以下省略>